姫島島内の地下水調査により地球の営みの謎に迫る(経済学部 山田誠 准教授インタビュー)【社会科学研究所】
2024.10.03
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社会科学研究所は1969年の発足以来、社会科学における各分野の枠にとらわれず、様々な分野の研究者との共同研究を推進し、新たな社会科学の創造と発展に寄与することを目的としています。当研究所では本学所属の教員による独自の研究課題に関して、民間助成金などの外部資金による受託研究も進行しています。研究者インタビューを通じて、ユニークな研究のトビラを開いてみませんか?
今回は、「令和6年度 おおいた姫島ジオパーク調査研究活動助成事業」に採択され、現在「姫島内地下水の溶存CO₂分布調査」について研究を進行中の経済学部の山田誠 准教授(専門:水文学・温泉科学)に、専門分野との出会いや現在の研究活動についてうかがいました。
山田誠 准教授(本学経済学部)
大阪府出身。専門は水文学・温泉科学。京都大学大学院理学研究科地球惑星科学専攻修了後、日本各地(西日本)の大学や研究所を2〜3年毎に転々とした後、2017年より現職。学部共通コース・環境サイエンスコースにて、水環境ゼミを担当。炭酸水や温泉卵の不思議に関するコラムを「moglab」に寄稿。
https://mog-lab.com/writer/yamadam
Q1. まず先生がご専門とされる水文学・温泉科学について教えてください。
「水文学(すいもんがく、英: hydrology)とは、地球上の水循環を主な対象とする地球科学の一分野です。その中でも私は地下水水文学を専門として、水と物質の循環について研究を続けてきました。
大学院生の前半は琵琶湖の流入河川である野洲川を調査対象にしていましたが、後半からは大分県別府市にある京都大学 地球熱学研究施設を訪れるように。世界屈指の炭酸泉が人気の大分県の長湯温泉も調査対象の一つでした。長湯温泉の最大の特徴は、炭酸ガスが豊富に含まれた炭酸泉(二酸化炭素泉)といわれる泉質です。
さて、この炭酸泉に含まれるCO2は一体どこからやって来るのか? 温泉が点在する大分県や熊本県は火山・地熱活動域で、地下から噴出するマグマが冷えて固まるプロセスの中で炭酸ガスを出し、それが地表近くの地下水にも溶け込んでいるのです。今湧き上がっている炭酸泉のCO2は、実は数千年前の火山活動のマグマを起源とする場合もあるんですよ。博士論文では、阿蘇火山・九重火山を対象に広域の水文調査で地下水を入手し、溶存炭酸(水に溶解したCO2)の同位体と化学データを用いて解析を行い、火山の地下水システムにおけるマグマ起源CO2の混入プロセスの実態解明を試みました。これが現在の姫島の調査にも繋がってきます」
Q2. 大分県姫島村の 「おおいた姫島ジオパーク」に関する調査は、どのような経緯でスタートされたのですか?
「ジオパークとは、ジオ(地球)に関わる多様な自然遺産で、姫島は“火山が生み出した神秘の島”をテーマとして2013年に日本ジオパークに認定されました(>>関連情報)。私も姫島は院生時代から知っており、共同研究者で旧知の仲の藤井賢彦先生(東京大学 大気海洋研究所・教授)が取り組んでおられる“海洋酸性化”に関する研究の一環で、姫島周辺のCO2噴出海域における海洋酸性化指標の空間分布把握に関する研究時にお声がけいただいたこともきっかけの一つです。
いま世界的に関心の高い“海洋酸性化”とは大気中の二酸化炭素が大量に海水に溶け込むことで、もともとアルカリ性である海の水質が酸性に近づく現象のこと。海の酸性化が進むと海域の生態も変化するとされますが、まだどんな変化が訪れるかは未知です。そうした中で、約30万年前以降の火山活動によって生まれた4つの小島が砂州で繋がって一つになった姫島の周辺海域では、CO2がポコポコと湧いている場所もあり、この島を調査研究することで将来予測に活かせるのではないかと注目されているのです。
また、かねてからその存在を知っていた姫島で湧き出す“拍子水”も興味深く感じていました。拍子水にはCO2が非常に多く溶存しているのですが、近年の先行研究により火山活動を由来するCO2が主であることが科学的に明らかになったのです。
ただ、姫島の島内や沿岸部のさまざまな場所の地下から“CO2放出現象”が存在する可能性は高いものの、その全容はまだ解明されていません。そこで、今回の研究では姫島全域の深部由来のCO2放出現象の分布状況を把握しようと試みました」
Q3. 姫島での調査研究はどのように進めているのでしょう?
「姫島には大きな河川がないことから、古くから各家庭で井戸水が使われてきました。現在は水道がありますので飲用水には使われていませんが、飼育する鯉の池や庭木の水やりには井戸水が活躍しています。そこで今回は島内各地の井戸から地下水を採取し、溶存CO2の分布特性を調査しています。ちょうどこの夏にゼミの学生有志と現地調査へ行って地下水を採取してきたところで、現在は共同研究者の渡邊裕美子先生(京都大学大学院理学研究科・助教)らに協力いただき、溶存化学成分の分析中です。
分析について補足すると、①ナトリウムやマグネシウムなどの主要溶存成分と②水の安定同位体、③溶存炭酸の炭素安定同位体比の3つを予定しています。安定同位体とは、同一原子番号を持つものの中性子数が異なる原子で、その比率によって対象の水はどこから来たものか、水の由来が分かるのです。
また、溶存CO2については起源となるものが自然界に複数あるので、炭素安定同位体の割合を測定することで、深部起源か否かを判断することができます」
Q4. 今回の研究を通じて「おおいた姫島ジオパーク」へ期待される成果について解説ください。
「ジオパークは地元にとっての大切な資源であり、それにつながる情報は常に求められています。地球の営みとしての火山活動と表層の水循環との関係性を見出そうとする今回の研究を通じて、拍子水に関する先行研究とは異なる点で地学的な知見を新たに加えることができればと考えています。もし新たな知見が得られたら、火山島における深部起源のCO2放出現象に関する各研究にも学術的に貢献することができることでしょう」
「皆さんも温泉に入ると、いろいろな泉質があると感じることでしょう。温泉水や地下水に含まれる成分は目には見えませんが、長い時間をかけて我々のもとに届いてくるものです。その生成プロセスが見えないからこそ調査・分析・解析を通じて明らかにしようと試み、結果として自然のメカニズムが見えてくる瞬間がおもしろいですね!」
Q5. たしかに温泉地では温泉の成分表の掲示を目にしますが、これまで成分のルーツにまで思いを馳せることはありませんでした。今回のお話を通じて地球のロマンの一端を感じたのですが、先生の研究を社会に向けて発信されてきた事例はありますか?
「日本有数の温泉地、大分県別府市での活動の例をご紹介しましょう。これは私が以前所属していた総合地球環境学研究所の研究員時代に発案した事業ですが、2015年から大分県別府市で『せーので測ろう!別府市全域温泉一斉調査』という市民参加型の調査事業を年に1回、継続実施しています。調査結果のHP『別府市全域 温泉一斉調査マップ』は、今も私がデータ更新などのHP管理に関わっています。
私にとっては半分研究・半分活動のようなものですが、根底にあるのは、“温泉などの自然資源を守っていくには、地域や市民など社会との連携が欠かせない”という思いです。
調査開始当初は東日本大震災の後、再生可能エネルギーの一つである地熱にも関心が高まっていた頃です。はたして全国有数の温泉地である別府市の地熱エネルギーはどう評価できるのか? 温泉資源を守っていくために科学的にデータを収集・分析すること、また、その過程では市民を巻き込んでいくことが必要だと考えたのです。
現在は、別府市の事業として別府市観光・産業部温泉課が担当し、温泉資源の保護・確保等を目的とした入湯税超過課税分の財源を分析費用等に充てているようです。この事業では、市民と一緒に単に温泉を採るだけではなく、取得したデータから経年変化を見るような市民参加型のワークショップも実施していて、参加者が温度や成分などの変化に気付いたこともあります」
「ある時、別府市の担当者が“この調査は年に1回の健康診断のようなもの”と仰っていて、まさにその通りだと思いました。ある場所で何らかの傾向がみられることが分かれば、科学者は何を調べたら良いかが分かります。要再検査の診断がでたら、そこからは専門家の仕事。経過観察の中で元の状態に戻っていけば良いですが、望ましくない変化が続くのであれば要再検査が続きます。このように資源保護には、ステークホルダーの皆で取り組んでいくことも大切なのではないでしょうか。
今年は10月27日に第9回目となる調査を実施予定で、私も運営側の一員として、ゼミ生とともに参加する予定です」